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2011/09
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Xデー前夜。
てか、日付的には変わって、既にXデーだったりするのですがね。

早いもので、以前勤めていた『地域密着型スーパー』が倒産して、2年が経ちました。
はい、2年前の9月30日に倒産致しましてな。そりゃもぉワタクシ、人生初めての倒産経験でございました。

倒産した前日・29日は普通に営業致しておりましてね。ワタクシもお仕事しておりました。
当時より、夜メインで入っていたのですが、その日は珍しくラストまでではなくて早上がり。
というのも、翌日から1泊2日で母と伊東に温泉旅行に行くんで、早上がりにしたんですよ。
はい、倒産した当日、ワタクシは伊東におりましてん。

倒産した事実を知ったのは、家族に「いってきます」と告げつつ、玄関で靴を履いている時でありました。
未だ寝ているだろうと気遣って(普段は昼過ぎ起床だったのでな)、社員サンがメルで「地域密着型スーパーがコケました」と、一言。

コケた???何ぞ???
前からヤバいという話は聞いていたし、我が店的には無問題だったものの、会社的には気配も漂っていたけれど。けれどもだ。そうか、とうとうか。

もぉね、完全に気もそぞろ。
そぞろっていうか、全然温泉になんて気持ちが向かわないったらない。
さりとて、ここで「行くの、止め!」なんて訳にもいかず、「はい、ここから慰安旅行になりまーす」と母に宣言したのを覚えている。慰安です。慰めますよ。

私の周りでも、会社が倒産したという方はこれまでも何人か居て、そんな話を聞く度に「大変だなぁ~・・」とは思っていた。
が、しかし。実体験としてないので、その大変さというか、そういうのがイマイチ判っていなかったのね。
何でもそうだけれども、百聞は一見にしかず。経験しないと判らないってなもんだ。

三十路半ばにさしかかったところでポーンと放り出され、結婚の予定もなければ貯金だってない。なーんにもない。
さて、どうしましょうかと。
幸い、実家暮らしなのでね。住む家と食には一先ず困らないけれど、そういうこっちゃないからなぁ。

まるで楽しめなかった温泉旅行から戻り、先ず見たのは『本日休業』と書かれた店頭の張り紙。
帰ってから職場方々に連絡を入れ、当日に届いていたという弁護士からの通知を読み。
自分から「辞めます」といって辞めるのではない退職は、心構えが違い過ぎて、暫くはフワフワしておりました。
家族を持っている社員サンなんかは大変だったろうなぁ。それこそ、晴天の霹靂。ヤバいと社内で噂があったとて、それがいつなんてのは、極一部の人間しか知らなかった訳ですからね。店長クラスどころか、本部の人間も知らなかったんだから。
まぁ、所謂『THE☆計画倒産』だった訳ですが。

今の『もっと地域密着型スーパー』は、この倒産した『地域密着型スーパー』の店長に声をかけて頂いて、働かせて貰える様になりました。
経営陣は全く別のところとなりましたが、一部、地域密着型スーパーで働いていた社員・パートが入っております。当時、別支店で働いていた社員サン達も一緒でね。店の場所も同じでね。

ここが決まるまで、すごく不安だったのを今でも覚えております。
何せ、もぉ若くはないのでな。そして健康体でもないし。どうなるだろうかと。
店長から電話を頂いた時、2つ返事でオッケイしましたよ。勝手知ったる方がいいもの。多少時給が下がろうとも。そして何より、徒歩通勤圏内ですから。モロモロが私には最適でありました。

あれから2年が経ち。
仕事が出来る今の状況が当たり前になりつつあるけれど、私は拾って頂いた身。恩義、ありまくりです。
日々のあれこれにやさぐれつつも、その状況を判って下さる仲間が居て、笑い飛ばしてどうにかやれるだけの環境があって。
はい、恵まれていると思います。働きたくても叶わない人が多く居る中で、頑張れるんだもの。
よく、お客様に「今日も元気だねー!」と云われます。本人、割りと元気でもないのだけれど。
そういう時に「働ける内に働かないと!」と応えるのですが、本当、これに尽きますよ。いつどうなるかなんて判らないもの。

働ける内は働きます。辞めるのはいつだって出来るから。
やれる所までは全力で!
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見えない敵はいつも。
久し振りの2連休、女子友たちとまみれて参りました。
色んな事をガッツリ話しましたよ。そりゃもぉ、濃厚に。

話をしながら、聞きながら、見えて来た事がいっぱいありました。
内側で燻っていた事を、この2日間で完全に炙り出した気が致します。


今迄、単純に見えない振りをしていたんだと思う。
や、見えない振りなんて可愛いものじゃないな。向き合うのが怖くて、相手の本心を見てしまうのが怖くて、ただただ目を逸らし続けていただけなのかも知れない。

いつか、変わるだろう。
いつか、どうにかなるだろう。
いつか、いつか。

そんな風に思っていた。
思っていたというよりは、祈りに近かったのかも知れないね。

時折見せる、夢と希望。
時折見える、現実との壁。

それは私がそうさせたのかも知れない。
向かう方向を変えさせたのも、もしかしたら私なのかも知れない。

内側にあった想いを口にした途端に涙が溢れた。
ずっと目の際で堪えていたものが、はらはらと滑り落ちた。
久し振りに嗚咽が漏れる程に泣き、未だ何も動いてはいないのだからと、自分自身をそっと撫ぜる。

どこを見ているんだろう???
そして私は、どこを見ていたんだろう???

ただの甘い夢ならば、見たくはなかった。けれど、勝手に夢見たのも私。
長い年月をかけて見た夢は、いつになったら醒める???
それ以上の長い年月をかければ消えてくれる???


表題は、聖飢魔IIの『Go Ahead!』という曲の一部。

見えない敵はいつも、お前の中にいる。
闘う勇気もまた、お前の中にある。

本当にそうだ。
これからなんだ。
地雷
いやね、判っているんだよ。
よく知りもしない人に、勝手に期待をするなって事は。
けれどもだ、どうしてそう簡単に言葉を吐くの???

世間には色んな事情の人が居るんですよ。私がそうである様に、ある部分ではアナタもそうかも知れない。
そんなの、少し接した位じゃ判りません。
一般的には『当たり前』だと思われる事も、出来ない事が私にもそれなりにあって、だからこそ、そこをカバーしようと必死に頑張っているんですよ、そうは見えないでしょうが。
そもそも、お他人様に評価されたいが為に頑張っているんじゃない。あくまで自分に向けての頑張りだ。

私が得ているもので、アナタが失ったものもあるでしょう。
その逆も然り。
どちらが良いのかなんて、私には判りません。きっと、誰も判らないと思う。
ただただ、隣りの芝がひたすら蒼く見えるだけかも知れない。そういうの、多々あるから。

えぇ、私には何もないですよ。この年齢に相応しいもの、何もないと云ってもいいかも知れない。
そんなの、誰あろう私が充分過ぎる位に判っている。
得ていない事で、不自由もあるかもしれない。これから先、どうなるかなんて判らない。けれど、得ていたところで安泰だとも云い切れない。
状況なんて、明日にだって変わってしまうから。明日まで待たなくても、今すぐにだって変わってしまえる事だってある。

私なりに受け入れられる様になるまで、長い年月、考え続けて来ました。
気持ちの揺れ動きが幾つもありました。決まったかと思えば、また悩みだしたりもして。

散々考えて、散々悩んで、散々泣いて、その先に決まった答え。
それを、よく知りもしない人にあっさりと蹴り飛ばされて。
その程度で蹴り飛ばされる決意なら、しない方がいいのかも知れないけれど。そうであっても、私にとっては一大決心とも云えるものだったのですよ。
云わば、紙一重。すれすれのところで踏ん張っていた。

想像力を欠如した人は嫌い。大嫌い。
アナタが当たり前の事を当たり前の様に得て生活して来た、とは云わないけれど、デリケートな部分に土足で踏み行ったアナタの言葉を、私は忘れないと思う。
これまで、色んな人に色んな事を云われて来たけれど、つくづく多いよなぁと思った。

地雷はアナタの思いもよらない場所にあったりもするんだよ。
研修ウィーク
だった!
今週は!!

新人さんが立て続けに2人入って来たのだけれど、その研修を一気に請け負う事になりました。
あい、今の『もっと地域密着型スーパー』の前身である、倒産した『地域密着型スーパー』時代から、ここでの研修は殆ど請け負って来たと云っても云い過ぎではない位、何気に研修請負人でございます。
『地域密着型スーパー』で初めて研修をしたのは、オープン2日目でございました←私も当然、研修中。
高校1年・初バイトなんていうかわいこチャン達から、自分の親と年齢が近い妙齢の女子な方々まで、ざっと数えて1クラス以上の新人サンを教えて来たろうか。

昨日・今日は午後からと夕方からの2回、夫々の研修をする事となり、流石にグッタリ致しました。声も枯れちまったさー。間、1時間位挟みつつも、ぶっ通し6時間喋り倒しは初体験。喉、弱いしさー。
いやー、先生って方々はすごいね。尊敬しますよ。たかだか2人を教えただけで、このグッタリ感。
せめて日がバラけてくれれば良かったものの、夫々のスケジュールが文化祭(懐かしい響きよねー)なんかの関係もあって、今週みっちりやっておかないと、間が開いてしまうという事でしたのでね。
「だったら、1日にWでいきましょう!」と云ったのはこのワタクシ。
即、反省したけどね!云うんじゃなかった☆

そもそも、他人様に教える事が苦手なので、いざ研修ともなると、先ずは自分の頭の中の整理から始めない事には、どうにもうまくいかんのですよ。
そこに加えて、話を纏めるのが苦手。←致命傷
なので、自分なりのマニュアルを用意して、そこに添って教える様にしているのですが、教えるのって難しいなぁと。そんな事を改めて。

今回の2人は、高校1年・初バイト組だったので、それこそ最初が肝心ですからね。こういう方々に対する研修は、必要以上に気を遣います。
やー、ただレジの操作だけだったら、1日もあれば十分にマスター出来ますよ。難しい事なんて何もないもの。
駄菓子菓子、難しいのはそれ以外の事。マニュアルで云えば、マニュアルの行間にある事ですな。
所謂『気遣い・心配り』って部分の話ですわ。

私達チェッカーは、あくまで商品をスキャンして、お客様との金銭の授受のやり取りが基本ではある。
けれども、その程度の事ならば機械でも出来るってな話で、そこから先をいくとなると、気遣いが大きくものを云う訳で。
まぁ、難しいけどね。たかだかスーパーのレジ打ちですが、それでも難しいと思う。未だに判断に迷う事もありますもの。

んでも、それを研修期間の間で網羅出来るかと云えば、決してそんな事が出来る訳もなく。
研修初日の『お店屋さんごっこ』では判らない事が、直接お客様と対峙する時にボロボロと出て来ては理解していく訳でね。
ここで1つの山というか、『無理だな~・・』と思うか『楽しい!』と思えるかで、長く続いていくかどうかが判ります。
今回の子達は揃って「楽しかったです!」と云ってくれたので、オバチャン、研修のし甲斐もあったってなモンだ。先ずはその気持ちからだ。
そこから先は、お客様が育てて下さるよ。うむ。

月曜から始まった研修ウィーク、明日はこの3日間を取り戻すべく、品出し三昧だそうです。←予告され済み
あい、頑張るよよよよよー!
半年が過ぎ。
日付は変わってしまったけれど、今日11日で、東日本大震災が起きて半年が経ちました。
発生した時刻の頃、各地で鎮魂の祈りが捧げられたそうですね。その頃、ワタクシは品出しやらレジ打ちやらしておりました。気が付いたら過ぎていたよ。
あーだのこーだのとやさぐれながらも、当たり前の様に仕事が出来るのは幸せな事ですな。

発生当時、ミナサマは何をしてらっしゃいましたか???あの日は金曜日の午後ですよ。
私は普段から金曜は公休で、その日の午後も、のぉーんとしながらPCをいぢりつつ、金八先生の再放送を見ておりました。
そうしたら、あの揺れですよ。私が暮らすのは8階で、多少の揺れはまぁある事なのだけれども、あの時の揺れはハンパなかったですからね。
最初は「どうせすぐに収まるだろう」位に思って、そのまま金八先生を見つつツイートしつつだったのだけれども、大きいし長いしで、すぐに自室に居た弟(下)に窓とドアを開ける様に指示したりした訳ですが、あの日、1人だったらどうしていただろうと、ものっそい。

TVはすぐに臨時ニュースに切り替えられ、先ず飛びこんで来たのが、確かお台場のテレコムセンター辺りから火が出て云々ってなニュースでありました。
はい、震源地は関東だと思っていたから。兎に角、大きかったし。
それから程なくして、東北が震源だという事を知りました。

家族と一路、友達たちに連絡をしたものの、すぐには連絡がつかなくてね。連絡がつくまでには随分時間がかかってしまったけれど、どうにか連絡がついてホッとしたのも束の間。
東北の親戚達と連絡が全くつかない。つか、どんな状況になっているのかも判らない。

TVでは、仙台や大船渡辺りまでの様子は流れていたものの、私の親戚が暮らす釜石、そして大槌の映像や情報がまるで入っては来ず、ただただTVから流れる見た事もない映像を食い入る様に見ておりました。一睡も出来ず、着替えもせず、そのまま一晩明かしました。

それまでもTwitterはそれなりにやっていたのだけれど、この震災をきっかけとして、フル活用する様になりました。
余りよろしくない話も聞きますが、何を活かして何を削っていくかは、こちらが決めていけばいいかな、なんて。
有益な情報も沢山得ましたよ。これは何より、大きかったと思います。

そして、その後のパニック営業。
めっさ小さい地元のスーパーですら、ものっそい勢いでお客様が殺到し、我先に商品をこれでもかと買い漁り、お金を払いながら奪っていくと云いたくなる程の、筆舌に尽くし難い状況で営業致しておりました。どれ位、そんな状態が続いていたかなぁ???
お客様方の殺気立った目と店を覆うマイナスの空気、未だに忘れられません。あんなの、もぉ経験したくない。
米が無くなり、パンが無くなり、缶詰が無くなり、カップラーメンが無くなり、水を始めとする飲料が無くなり・・
云い訳をしながら買っていく人、沢山居たなぁ。何をそんなに昂っているのか、順番すらろくに守れない人もいたなぁ。兎に角、怒涛の一言でありました。

釜石・大槌の映像が入って来たのは、翌日・翌々日の事。
子供の頃から行っていた、よく知る場所が津波に襲われて消えていく様を見て、ただただ涙しか出なかったり。
ばあちゃんが入院していた病院が半壊しているのを見たり。
町全体が火事で覆われて、親戚が暮らしていた家がどこにも無かったのを目の当たりにしたり。

人生、色々あるもんだ。
そんな事を痛感した、大きな大きな出来事でありました。
結局、釜石の親戚達は無事でありましたが、大槌の親戚の1人は、津波に流されてしまいました。
震災は無事にくぐりぬけましたが、被災して転院した事もきっかけの1つとなって、大好きなばあちゃんも亡くなりました。
私が生きている今日は、亡くなった方々の生きたかった明日。
当たり前は奇跡の積み重ね、大事に生きていかないと。

震災をきっかけとして、私の中で変わった事が幾つかありました。
ミナサマは何か変わりましたか???






プロフィール

まや

Author:まや
万年思春期・三十路女子の日々のつれづれ。
日常、切り売りしております。
今日も今日とて桃色吐息。
赤裸々トークはお好きですか?

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